仙台地方裁判所 昭和57年(ワ)210号 判決 1984年5月28日
原告
秋保長治郎
被告
宮城県経済農業協同組合連合会
ほか一名
主文
一 被告氏家康は原告に対し、金一五三三万一〇八〇円およびこれに対する昭和五四年三月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告氏家康に対するその余の請求および被告宮城県経済農業協同組合連合会に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告に生じた費用の二分の一と被告氏家康に生じた費用をいずれも被告氏家康の負担とし、その余の費用は原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、連帯して二四四四万五一五六円およびこれに対する昭和五四年三月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告ら)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(被告宮城県経済農業協同組合連合会)
3 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五四年三月一二日午後七時三〇分ころ
(二) 場所 宮城県岩沼市南長谷字玉崎地内路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(宮五六つ二三三三号、以下、加害車という。)
右運転者 被告氏家康(以下、被告氏家という。)
(四) 被害者 原告
(五) 態様 原告が自転車に乗り、前記場所を柴田町方面から仙台市方面に向つて道路左側を進行していたところ、同方向に向つて進行してきた加害車に追突されたもの。
2 責任原因
(一) 被告氏家は、運転開始前に飲んだ酒の酔いのため注意力が散漫となり、前方注視が困難な状態になつたので直ちに運転を中止すべき注意義務があるのに、前記状態のまま運転を継続した過失により本件事故を発生させたものであり、また、本件事故当時、加害車を所有し、その使用に供していたもので加害車の運行供用者でもあつたから、同被告は、民法七〇九条および自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
(二)(1) 被告宮城県経済農業協同組合連合会(以下、被告連合会という。)は、その職員が自宅から勤務先の販売所への出勤および帰宅に自家用車を利用することを認容していたところ、被告氏家は、被告連合会仙南食鳥販売所(角田市江尻所在)にブロイラー(食鳥)の受け渡し係担当として雇傭され、前記のとおり、加害車を自宅(仙台市郡山)から右販売所への通勤に継続的に使用し、被告連合会も駐車場の使用を認めるなどして、これを認容していた。
(2) 本件事故当日の午後四時三〇分ころから、被告連合会の下請業者である訴外宮城くみあいブロイラー株式会社仙南事業所従業員の研修旅行の反省会が被告連合会仙南食鳥販売所の休憩室で開催され、被告氏家は被告連合会の業務の一環としてこれに出席した。右会合において、まず、被告連合会仙南食鳥販売所所長小林益雄から来月の処理羽数の報告などの業務連絡があり、続いて、研修旅行の反省会が午後七時ころまで行なわれた。
右会合において被告氏家は、出席者と酒一・四リツトルを飲酒し、午後七時ころ、自宅への帰途につき、その途中、本件事故を惹起したものである。
(3) 被告氏家の右会合への出席およびそこでの飲酒は、被告連合会の業務の一環としてなされたものであり、終業後、帰宅途中に惹起した本件事故は被告連合会の業務の執行に関して生じたものであるから、被告連合会は被告氏家の使用者として民法七一五条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
(三) 右の主張が認められないとしても、被告氏家の上司である被告連合会仙南食鳥販売所所長小林益雄および被告連合会畜産部食肉養鶏課長補佐加藤武之は、本件事故当日ころ、それぞれ原告家族に対し、原告の入院先病院において、被告氏家の起こした事故については、加害者が被告連合会の職員であるので連合会が一切面倒をみるから安心して十分に療養されるよう、困つたことがあつたらすぐに言つて下さいなどと申し向けた。これは被告連合会が被告氏家の損害賠償債務を引受ける旨の債務引受の意思表示に該ると解釈すべきである。
3 損害
(一) 原告は、本件事故により、頭部外傷・脳挫傷・右肋骨骨折・右下腿骨折の傷害を受け、昭和五四年三月一二日から入院日数三〇二日、通院日数三二五日にわたつて治療を受けたが、それにもかかわらず、脳挫傷による失見当識、知能記銘力低下、逆行性健忘症などの精神障害および筋力運動能力低下などの障害が存する後遺症が残り、これは、自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表五級二号に該当する。
(二) 右受傷および後遺症に伴う損害の内容は次のとおりである。
(1) 治療関係費
(イ) 付添看護費 四二万一〇〇〇円
右は、原告と被告氏家との間で、被告氏家の入院先であつた仙南病院における入院付添看護費を協定し(一日当たり六〇〇〇円、九六日分、合計五七万六〇〇〇円)、その未払額である。
(ロ) 入院雑費 三〇万二〇〇〇円
右は、一日当たり一〇〇〇円の入院雑費に原告の入院日数三〇二日を乗じたものである。
(2) 逸失利益
(イ) 休業損害 四三八万四五九四円
右は、原告において、本件事故前一年間に二五五万六五一三円の収入を得ていたところ、本件事故による前記受傷のため昭和五四年三月一三日から後遺症確定時である昭和五五年一一月二七日まで六二六日間の休業を余儀なくされたのでその間の休業損害額である。
255万6513×626/365=438万4594
(ロ) 後遺症による逸失利益 一九八三万四九三六円
原告は、前記後遺症によりその労働能力の七九パーセントを喪失したところ、後遺症確定時、年齢五四歳であつたから、その後六七歳時までの一三年間稼働可能であつてこの間、前記年間給与所得額の収入があるはずであつたから、これを基礎として、前記労働能力喪失割合および新ホフマン係数(九・八二一)をそれぞれ乗じて後遺症による逸失利益の現価を求めると合計一九八三万四九三六円となる。
(3) 慰謝料 一一〇〇万円
原告が本件事故による受傷および後遺症のため蒙むる精神上の苦痛に対する慰謝料は一一〇〇万円が相当である。
(4) 損害の填補 一二九九万円
原告は、損害の填補として自動車損害賠償責任保険から一二九九万円の支払を受けたので前記(1)ないし(3)の損害の一部に充当する。
(5) 弁護士費用 一四九万二六二六円
よつて、原告は、被告氏家に対し、民法七〇九条および自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告連合会に対し、第一次的に民法七一五条に基づき、第二次的に債務引受契約に基づき、各自二四四四万五一五六円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和五四年三月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告氏家
請求原因第1項、同第2項(一)の事実は認める。
同3項(一)のうち、被告氏家が受傷したことは認めるが、その余の事実は知らない。同(二)のうち、昭和五五年一一月二七日当時、被告氏家は五四歳であつたこと、自動車損害賠償責任保険からその主張の額の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。
2 被告連合会
請求原因第1項の事実は認める。
同第2項(一)の事実は知らない。同(二)(1)の事実は認める。同(二)(2)のうち、被告氏家が会合に出席したこと、その席上飲酒したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)(3)の事実は否認する。
なお、加害車は、被告氏家の所有であり、同被告の被告連合会における仕事は、事務所内の仕事であり、加害車を業務にあるいは業務に関連して使用したことは全くない。また、被告連合会は、職員の自家用車を業務のために使用することを明確に禁止していた。本件事故は、被告氏家が勤務時間後帰宅する途中に発生したものであり、被告氏家の業務の範囲外であることはもとより、被告連合会の活動の範囲内におけるものでもない。したがつて、本件事故は、被告連合会の業務の執行とは全く関係ないものである。
同第2項(三)は否認する。
なお、被告氏家の上司や同僚が原告の病状見舞をしたことはあるが、治療費や損害賠償について一切被告連合会が面倒を見るとか、責任を負うとかということを話したことも約束したこともない。
同第3項の事実は知らない。
三 抗弁
1 被告氏家
(損害填補)
(一) 被告氏家は原告に対し、付添費として二五万円、休業補償として二〇万円、見舞金・雑費として一五万円、以上合計六〇万円の支払をした。
(二) 原告は、労災保険より七五七万九四六六円(但し、内一〇九万五七八六円は、昭和五四年三月一二日から同五五年一月一四日までの休業給付として、内六四八万三六八〇円は、昭和五五年度ないし同五八年度までの障害年金給付として)を受給した。
2 被告連合会
(一) 被告氏家の抗弁(二)(労災保険給付)を援用する。
(二) 使用者責任についての相当の注意
被告氏家は、本件事故前における反省会の席上、前記所長小林益雄に対し「今夜は、事業所の宿直室に泊まる」旨申し出て、出された酒を飲み、右申し出に対し、所長は、氏家は泊まるものと信じていたので、当夜の宿直員に対し、被告氏家が宿直室に泊まることを申しおいて帰つた。その後、被告氏家は「部屋が寒いから車の中で寝る」と宿直員に申し出たが、宿直員は、車の中では寝られないから二階の宿直室に行つて寝るようにと注意した。宿直員は、氏家が二階宿直室に上つたのを確認し、冷凍冷蔵機等の点検をしている間に、被告氏家は、自分の自動車で帰宅したのであるから、被告連合会としては、相当の注意を怠らなかつたというべきである。
四 抗弁に対する認否
1 被告氏家の抗弁について
(一)のうち六〇万円の支払を受けたことは認めるが、その名目、趣旨は争う。
(二)の事実は認める。
2 被告連合会の抗弁について
(一)の事実は認める。
(二)は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生、被告氏家の責任原因
請求原因第1項の事実は、当事者間に争いがない。
請求原因第2項(一)(被告氏家の責任原因)の事実は、原告と被告氏家との間では争いがなく、被告連合会との間においても右当事者間で成立に争いのない甲第九号証の四、六ないし九、一三、一六、一八によればこれを認めることができる。したがつて、本件事故は、被告氏家の飲酒運転により発生したものであることは明らかであり、同被告の過失に因るものといわねばならない。
二 そこで次に被告連合会の責任について判断する。
(使用者責任)
被告氏家が、本件事故当時、被告連合会の職員であつたこと、被告連合会は、被告氏家が通勤に自己所有の加害車を利用することを認容し、駐車場の提供をしていたことは原告と被告連合会との間に争いがない。
しかし、証人小林益雄の証言によると、被告氏家の職務は食鳥の買入れおよびその処理委託をその内容とするものであつて、もつぱら事業所内部における作業であり、被告氏家所有の本件加害車両を被告連合会の業務に使用したことは全くないこと、そして被告連合会は被告氏家に対し通勤車両のガソリン代を支給したこともないことが認められ、右事実によると被告氏家はもつぱら自己の通勤の便宜のためにのみ本件加害車両を利用していたものとみるべきであるから、被告氏家の通勤途上の本件事故につき、被告連合会が民法七一五条による使用責任を負うことはないものといわなければならない。
そして被告氏家が事故当日、自己の業務の一環として事業所の反省会に出席し、飲酒したとしても、これが右の結論を左右するものではない。
(債務引受)
本件事故当夜、被告連合会仙南食鳥販売所所長小林益雄および被告連合会畜産部食肉養鶏課課長補佐加藤武之が原告の入院先である仙台市立病院に見舞に行つたことは当事者間に争いがない。
証人渡辺百合子、同秋保みつの各証言によると、右病院で小林益雄が今後のことについては相談して下さい、との趣旨の発言をしていたことが認められるけれども証人小林益雄の証言に照らすと、同人が経済的な賠償問題について被告連合会が一切の責任を負うべき旨の発言をしたとの事実は認め難い。
そして右小林らが、はたして、被告連合会を代表または代理して原告主張のような債務引受契約を締結する権限を有していたかについても多大の疑問があり、この点の主張・立証もない以上被告連合会の債務引受に関する原告の主張もまた理由がない。
三 損害
そこで、次に被告氏家との関係で損害の点について判断する。
1 本件事故により被告氏家が受傷したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証、第三号証の一ないし六、第四号証の一ないし三、第五号証の一ないし四、第六、第七号証および証人秋保みつの証言によると、原告は、本件事故により、頭部外傷・脳挫傷・右肋骨骨折・右下腿骨折の傷害を受け、事故の日である昭和五四年三月一二日から同年七月二六日まで仙台市立病院に入院し、同月二七日から昭和五五年一月七日まで仙南病院(角田市所在)に入院し、治療を受けたが、それにもかかわらず、昭和五五年一月七日、脳挫傷による失見当識、知能記銘力低下、逆行性健忘症などの精神障害および筋力運動能力低下などの障害を残す後遺症が固定したこと、そして、自動車損害賠償責任保険上、原告の右後遺症は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺症害別等級表五級二号に該当することがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
2 治療関係費
(一) 付添看護費
原告と被告氏家との間で入院付添看護費について、協定・合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、原告が、本件事故により前認定の傷害を受け、昭和五四年七月二七日から昭和五五年一月七日まで仙南病院に入院したことは、前認定のとおりで、その日数は、一六五日であるから、原告の傷害の程度を考慮すれば、その間付添看護費として、少なくとも一日当たり四〇〇〇円、合計六六万円の費用を要したものと認めるのが相当である。
(二) 入院雑費
原告が、本件事故による傷害のため、昭和五四年三月一二日から昭和五五年一月七日まで(合計、三〇二日間)入院したことは、前認定のとおりであるからその間入院雑費として少なくとも一日当たり一〇〇〇円、合計三〇万二〇〇〇円を要したものと認める。
3 逸失利益
(一) 休業損害
証人渡辺百合子の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、同証言および証人秋保みつの証言によると、原告は、本件事故当時、岩沼市所在の有限会社岩沼梱包に勤務し、本件事故前の一年間に二五五万六五一三円の収入を得ていたこと、したがつて原告は、本件事故による受傷のため事故日である昭和五四年三月一二日から後遺症固定時である昭和五五年一月七日までの間(三〇二日間)休業を余儀なくされたことによりその間二一一万五二五一円の休業損害を蒙つたものと認められる。
255万6513×302/365=211万5251
(二) 後遺症による逸失利益
前記(三の1)認定の事実によると、原告は、昭和五五年一月八日(五三歳)以降稼働可能と考えられる六七歳までの一四年間を通じて、その労働能力の七九パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。
そして、証人渡辺百合子、同秋保みつの各証言によれば、原告は、事故当時健康状態は良好で、前記会社に勤務していたのであるから、本件事故に遭わなければ昭和五五年一月八日から一四年間、前記認定のとおり年間二五五万六五一三円の収入を得ることができたものというべきであるから、これを基礎として前記労働能力喪失割合を乗じ、さらに新ホフマン係数一〇・四〇九四を乗ずると、右一四年間の逸失利益の現価は、二一〇二万三二九五円となることが明らかである。
255万6513×0.79×10.4094=2102万3295
4 慰謝料
前記認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺症の内容および程度その他本件に顕われた諸般の事情を勘案すれば、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛を慰謝するために相当な金額は一一〇〇万円を下らないもののと認められる。
5 損害の填補
原告が、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険から一二九九万円の支払を受けたことは原告の自認するところであり、労災保険から七五七万九四六六円の給付を受けたことは当事者間に争いがない。さらに、被告氏家から合計六〇万円の支払を受けたことも当事者間に争いのないところである。
以上のとおり、合計二一一六万九四六六円の損害の填補を受けていることが明らかであるから、右金額を前記2ないし4の損害額の合計三五一〇万〇五四六円から控除すると、一三九三万一〇八〇円となる。
6 弁護士費用
証人渡辺百合子の証言および弁論の全趣旨によると、原告は本件訴訟を原告代理人に委任し相当額の費用および報酬の支払を約束しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一四〇万円とすることが相当である。
四 以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告氏家に対し金一五三三万一〇八〇円およびこれに対する昭和五四年三月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求および被告連合会に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 井上芳郎)